実験レポートの書き方

実験レポートの書き方を学ぶことは,工学系大学生にとって最も重要な事柄の一つだ。 実験レポートは「○○の現状についてまとめよ」のような調査報告ともちがうし,「○○について自分の考えを述べよ」のような小論文ともちがう。 実験レポートは「小型の研究論文」だ。 研究論文の書き方を学ぶために,諸君は実験レポートの書き方を学んでいる。

研究論文には特有の「ルール」が存在する。 諸君は,それらのルールを学び,ルールに則って文書を書く練習をしなくてはならない。 なぜルールがあるのだろうか? それは,「読者にとって必要な情報を読者が容易に読み取れるようにするため」だ。 研究論文も実験レポートも「読者に情報や主張を伝えるため」に書くものであり,読みにくい論文・レポートは存在価値がない。

卒業論文やその他の研究論文,プロジェクトの計画書や報告書,開発物の設計書など,科学技術に関する仕事には常に文書作成の仕事が伴う。 研究においては論文こそが主要な成果物であり,論文によってその仕事が評価される。 ほかの仕事でも,文書によって仕事が評価されることは多々ある。 「ルールを理解し,ルールから逸脱しないようにしながら,主張を裏付ける根拠をどう示せば読者が納得するか考えて,わかりやすい順序,わかりやすい表現で記述する」 ことが必要だが,もちろんこれは非常に難しい仕事だ。 すぐに修得できるものではない。 卒業までに,というより社会に出てからも,時間を掛けて練習する必要がある。

実験レポートとは何か

実験レポートは日記じゃない!

実験レポートは,個人的意見や感想を書く文書ではない。

悪い例:

「○○が難しかった.」
「○○という部分をあまり理解できていないので,理解していくことがこれから必要だと考える.」
「これらの課題に取り組み,コンピュータの仕組みを体感できた.また,ポインタの仕組みがよくわかった.」

「実験の目的は学習である」と考え,その報告書を書こうとすると,結論が上記のようになってしまうのかも知れない。 しかし,「実験レポートを書く上での実験の目的」は「学習」ではない。 『実験レポート作成法』という書籍の一節を以下に引用する。

さて,実験の目的であるが,間違っても,「○○の技術を学ぶため」とか「○○や△△の測定方法を学ぶため」といったように書いてはならない。 たとえ先生としては,そういった教育目的をもって学生に実験をさせているのだとしても,実験レポートではそのように書いてはならない。 というのも,あなたはシラバスを書いているのではなく,あくまでも実験レポートを書いているのであるからだ。

--- C.S.Lobban, M.Schefter『実験レポート作成法』畠山, 大森 訳, 丸善出版, p.13, 2011.
原著: Successful Lab Reports: A Manual for Science Students, Cambridge University Press, 1992.

では,実験レポートには何を書けばよいのだろうか? 「実験を小規模な研究と考え,何を明らかにするために何を行い,どういう結論が得られたのかを書く」というのが答だ。

どのような実験も研究も,その目的は「仮説の検証」であると言うことができる。 「抵抗を流れる電流は電圧に比例する」「振り子の周期は振り幅によらず一定である」といった命題が「仮説」であり,それを客観的な方法で確かめるのが実験である。

実験マニュアルを読んでも,そして先生の言ったことばを振り返っても,仮説となるものが仮に見つからなくても,でも,仮説は必ずあるものだ。 (中略) 仮説を立てないで実験をするなんていうことはあり得ないし,実験とは,そもそも,仮説と帰無仮説 (仮説を否定する命題) のどちらを支持するのか,その裏付けデータを集めるためにするものである。 (中略) 問題をちゃんと理解しないで実験をしているようでは,与えられた課題について自分は何もわかっていないことを先生にアピールしているようなものである。

--- 『実験レポート作成法』pp.9--10.

上記の引用文は,物理学・化学・生物学などの自然科学の実験に関するものである。 一方,本科目のようなプログラム作成実験では,検証すべき仮説が明白でないと感じることが多いと思う。 しかし,「検証すべき仮説」は必ず存在する。 例えば,画像処理を行うプログラムを作る課題であれば, 「計算式Aに従って計算を行うプログラムを作成することで,実際に画像に対してXという効果 (モノクローム化,鮮鋭化,など)が得られることを確認する」 ことが実験の目的であり, 「計算式Aに従ったプログラムによって効果Xが得られる」が「仮説」と言えるだろう (もちろんその仮説が成り立つことは明らかなのだが,それは例えば「抵抗を流れる電流は電圧に比例する」ことを調べる物理学の実験でも同じである。 授業としての実験は通常,成り立つことがわかっている仮説を改めて検証するものである)。 実験の目的および検証すべき仮説がよくわからなければ, 「そのプログラムを作ることで何が確かめられるのか?」 「実際に作らないと確認できないことは何か?」と考えてみるとよい。

実験レポートの構成

分野を問わず,実験レポートの全体的な流れは,基本的に以下のようになる。

実験の目的 (何のために) → 実験方法 (何を行い) → 実験結果 (どうなったか) → 考察 (何が主張できるか)

この4項目をそれぞれ節として文書にすれば,立派な実験レポートの完成だ。

「実験結果」では,観測された事実を述べる。 「考察」では,実験結果を基に仮説の検証を試みる。 例えば「抵抗R1の両端の電位差が5.00V,流れる電流が9.83mAだった.」という記述は実験結果を述べており, 「実験結果から,抵抗に流れる電流は両端の電位差に比例すると言える.」という記述は考察を述べている。

末尾から前に向かって書いていく」という戦略が,論文やレポートの作成法としてよく推奨される。

  1. 「実験の目的」に基づいて,「どういう結論を述べるか?(例えば『○○であることがわかった』『○○を確認できた』など)」を考える。
  2. 「そう主張するためには(それを読者に納得させるには)どういう実験結果が必要か?」を考える。
  3. 「そのためにはどういう実験を行わなければならないか?」を考える。

つまり,読者が読むのと逆の順序で内容を決めるということだ。 このような順序で書くと,首尾一貫した文書にしやすくなる。

また,定量的に示せる事柄は読者も納得しやすい。 1.の段階でなるべく定量的に示せる事柄を選ぶと,説得力のある実験レポートになりやすい。

プログラム作成実験の場合

プログラム作成実験の場合,「実験方法(何を行ったか)」に書くべきことは以下の2項目になるだろう。

  1. プログラムの設計と実装
  2. 作成したプログラムを使って行った実験や動作テスト

プロによるソフトウェア開発でも,1.の部分 (forward engineering) と同じくらい,あるいはそれ以上に,2.のテストが重要だと言われる。 実験レポートの場合も,2.がないと,「実験の目的を達成できた(仮説を検証できた)」と主張するのが困難だ。

「何をどれだけ書くべきか」は次の項で述べるが,それとともに,ものを作る実験では「どのくらい労力を割いて行ったか,どのように工夫したか」を記述して努力を主張することも大事だ。 もちろん,単に「努力した」「がんばった」と書くだけでは説得力がないし,それは個人的な感想に過ぎない。 「実際に行った事柄(事実)を述べることで,工夫や努力が自ずと読者に伝わる」ように書くのが理想的だ。

何をどれだけ書くべきか

「実験方法」「実験結果」には事実を率直に書けばよいのだが,情報が不足していてもいけないし,冗長過ぎても理解しにくくなる。 必要かつ十分な情報を記述しなければならない。 必要な情報かどうかをどう判断すればよいだろうか?  その基準は,「読者が同じ実験・同じ結果を再現できるかどうか」, 言い換えると「記述されている事柄を読者が確認しようと思えば確認できる」こと,と考えればよい。

例えばプログラムの設計仕様の節では, 「その情報に従ってプログラムすれば,自ずとほぼ同じものが出来上がる」 あるいは 「プログラムリストを見なくても,どういうプログラムになるか読者の目に浮かぶ」 ように書くのが理想的だ。 また,設計判断(考えられる選択肢の中から何を選んだか)についてはなるべくもれなく書き, なぜそれを選んだのか理由も説明するとなおよい。

実験方法の節では,実験結果に影響を与える情報をできるだけもらさず書く必要がある。 例えば,実行時間を測定する場合,使用するハードウェア (特にCPUの種類,クロック周波数,RAM容量)は明らかに結果に影響する。 OSやコンパイラや実行時ライブラリなどのソフトウェアも影響することがある。 測定手段として使ったソフトウェアや,何回か測定して平均したのかどうかなども,読者が同じ結果を再現するのに必要な情報と考えられる。

実験結果については,客観的な事実を書くよう気をつける必要がある。 例えば「速い」「大きい」などは,判断の結果であって,事実とは言えない。 できるだけ,測定した数量そのものを示すべきである。

想定すべき読者

「読者が同じ結果を再現できる」ように書くべきだが,その「読者」は, 「情報科学の知識はあるが,本科目固有のことは知らない (課題文も実験指導書も読んでいない)」ような人々を想定すべきである。 例えば「10年後の読者が読んでも理解できる」ように書く,と考えるとわかりやすいかも知れない。

「考察」は個人的意見や感想ではない

「実験結果」には観測された事実を書き,「考察」には事実から推論されることを書く。 ただし,それは個人的な意見や感想ではなく,ほとんどの人が同じ結論に至ると考えられるような,客観的な推論でなければならない。 例えば「実験結果から,○○であると言える。」と書く場合,それは自分の個人的な意見ではなく, 「誰が見てもこう言うでしょう」と思えるもののみ書かなければならない。 逆に言えば,「誰が見てもこう言う」と思えるくらいの材料(実験結果)が必要,ということでもある。

また,「考察」を書く際に大事なことは, 「わかったこととまだ不明なことをはっきり区別する」ことだ。 実は,「その実験で何が確かめられるのか?」だけでなく「何は確かめられないのか?」 を理解することは重要であり,実験レポートを評価する際に注目する点でもある。 「何は言えて何は言えないか?」「その不明点を明らかにするには何を行えばよいのか?」 などを考察として書くと,評価が高くなるだろう。

参考文献と引用

適切な参考文献を挙げ,それらを適切に引用することは,以下の意味で大事である。

  1. 資料や文献から記述内容やデータを引用する際,引用元を明示せずに行うのは盗用・剽窃に当たる。
  2. 資料や文献の記述を引用することで,「自分勝手な意見ではなく,裏付けがある」ことを主張できる。
  3. 実験レポートや論文に書く物事について,一々資料を調べ裏付けを取ることは,研究者・技術者として望ましい態度である。 引用により,そのような態度で取り組んでいることを示せる。
  4. 「読者の全員が知っているとは言えないが,実験レポートや論文の本題から外れるので説明は省略したい」という場合に,読者が自分で調べるための情報を提供できる (ただし,「それを知らないと実験レポートや論文の内容を理解できない」ような事柄は, その文書の中で説明すべきである)。

なお,本文中で触れていない文献をレポート末の文献リストに掲載するのは悪い作法だ (本文中のどの事柄と関連する文献なのかわからないから)。

実験レポートの体裁

自分専用のメモでもない限り,内容だけでなく体裁も気を配る必要がある。 また,実験レポートや学位論文のように,多くの文書が同時に提出される場合, 体裁が統一されていないと読者にとって読みづらい。 あるいは学会の雑誌等に論文を投稿する際も,通常はその雑誌特有の体裁が決まっており, それに従うことが要求される。 用紙の大きさ,標題や著者名等を書く位置,綴じる位置,一段組か二段組か,余白の大きさ, 文字の大きさ,行間の長さ,フォント(書体)などについて, 読者にとって読みやすいか,また体裁に関するルールがある場合はそれに従っているか,注意する必要がある

  • 参考:体裁に関する参考書として下記がある。書体や行間やその他の体裁に関して,読みやすくするための様々なルールを紹介している。
    • 高橋佑磨・片山なつ著 『伝わるデザインの基本 --- よい資料を作るためのレイアウトのルール』技術評論社, 2014.

実験レポートでは以下のような体裁を要求されることが多いが,科目によってちがう体裁が要求されることもあるので,科目ごとに指示に従うこと。

  • 標題,科目名,学籍番号,著者名,提出日を表紙に誤りなく記述する。
  • A4用紙に印刷し,2枚以上の場合は用紙の左上一箇所をステープラで綴じる(紙で提出する場合)。
  • 句読点はコンマとピリオド(「,」「.」)を使う。 全角コンマ,全角ピリオドを推奨する。
  • 参考文献の書誌情報の記法は指定のスタイルに従う (学会や掲載誌ごとにスタイルがちがうが,書くべき情報は概ね同じ)。

細部の詰めが印象を左右する

読んでいる資料や文献に誤字・脱字が散見されたら,諸君はどう感じるだろうか。 誤字・脱字という「雑音」がある分,スムーズに読めなくなるだろうし,さらには 「あまり慎重に書かれておらず,中身が信頼できないのではないか」という印象も受けるかも知れない。 読み手に対する誠意が欠けていると感じ,よほど必要でなければ読む気を失う,ということもあるだろう。 文書に書く中身,説明する内容に比べて,誤字・脱字等は瑣末な事柄ではあるが, おろそかにしては全体の出来映えを台無しにする。

同様に,論文や技術文書にふさわしい文体かどうかも注意すべき点だ。 以下の2つの文章を読んだとき,どちらが信頼できそうに感じるだろうか?

  • 「方法Aでやった方がBよりすごい速かった.」
  • 「方法Aを用いた方が,Bを用いたときより約1.8倍速かった.」

わかりやすい文章,わかりやすい説明

言うまでもないことだが,以下の事柄はどのような文書でも常に大事だ。

  • 一文一文が曖昧でなくわかりやすい。
  • 文と文のつながりが明確で,著者が何を伝えようとしているのか読者に容易に伝わる。
  • 説明の順序が工夫されており,読者が「なるほどなるほど」とスムーズに読み進められる。
  • 図表,箇条書き,数式等が適切に使われ,直感的な理解も厳密な理解もしやすい。

これらが,文書の良し悪しを決める最も大きな要因と言ってよいだろう。 同時に,修得するのが最も難しい事柄とも言えるだろう。 どうすればわかりやすい文章,わかりやすい説明になるか?  知っての通り,その答は単純ではない。 上記の事柄は非常に重要だが,ここではその解説は参考書籍に任せることにしたい。 上記の事柄を学ぶための参考書籍として例えば以下が挙げられる(ほかにもたくさんある)。 少なくとも一冊は読んでほしい。

  • 小山 透『科学技術系のライティング技法』慶應義塾大学出版会, 2011. --- 雑誌『bit』元編集長の著書
  • 木下是雄『理科系の作文技術』中公新書 624, 中央公論新社, 1981. --- 古典的名著
  • 酒井聡樹『100ページの文章術』共立出版, 2011. --- 100ページと短い
  • 河野哲也『レポート・論文の書き方入門』第3版, 慶応義塾大学出版会, 2002. --- こちらは122ページ

例えば下記は『理科系の作文技術』の一節である。

記述の順序

記述の順序に関しては,二つの面からの要求がある。

一つは,文章ぜんたいが論理的な順序にしたがって組み立てられていなければならないということだ。一つの文と次の文とがきちんと連結されていて,その流れをたどっていくと自然に結論に導かれるように書くのが理想である。

もう一つは,相手(読者)はまっさきに何を知りたがるか,情報をどういう順序にならべれば読者の期待にそえるか,ということに対する配慮だ。気短かな上司はまっさきに結論を知りたがるだろう。カメラの使用説明書は,新しいカメラを手にした人は最初にどんなことをしてみるかを調べた上で書かなければならない。

明快・簡潔な文章

(中略)
簡潔な表現は,忙しい現代生活の要求にこたえるためだけに必要なのではない。チャーチルも言っているが,不要なことばは一語でも削ろうと努力するうちに,言いたいことが明確に浮き彫りになってくるのである。

--- 木下是雄『理科系の作文技術』1.2節「この書物の目標」pp.8--9.

蛇足ながら付け加えると,わかりやすい文章を書くために容易に実践できる方法は, 「書いた原稿を何度も読み返す。特に,一晩か二晩,時間をあけて読み返す」ことだ。 ぜひ実践して,よい実験レポートに仕上げて欲しい(読まされる側の切なるお願い)。

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